2016年5月16日月曜日

デフレ解消への提言 「サービス残業の解消」 - 高生産性社会を目指そう -

 野手 康正  2016516


日本は20年近くデフレによる不況が続いている。政府も金融政策、公共投資の拡大で景気の改善を図っているが、一向にデフレ解消の目処が立たない。
個人消費の拡大によりデフレ解消することは明白であるが、政府も個人消費の元となる一般的労働者の所得向上につながる効果的な政策がまだ見出せていない。
私はデフレ解消のため、一般的労働者の所得向上のための提言として「サービス残業の解消」を挙げたい。
政府の金融政策、公共投資の拡大によって、景気の改善は確かに成果を出している。どこの企業も90年代のバブル崩壊の影響下、リーマンショック後の不況に比べると仕事も増えているし、業績も良い。しかし、一般的労働者の所得は一向に向上しない。企業業績が一般的労働者の所得向上につながらないのはよく言われる企業の「内部留保」だけでなく、サービス残業の日常化によって、労働者が本来受け取るはずの対価が支払われていないためではないだろうか。
サービス残業は、労働力に対価耐が支払われない明らかな「搾取」であり、民主的で高度な資本主義が発達した日本において、広く企業・組織で行われている現実は、明らかに社会的なコンプライアンスの欠如である。経済効果、社会的倫理面、両方の観点において、近い将来にサービス残業は解消されなくてはならない。


サービス残業の解消によるメリット


私はサービス残業の解消で得られるメリットは3点あると考えている。

1.       労働市場の柔軟化
2.       GDP拡大
3.       先端技術の発達(第4次産業革命 AI、ロボットの活用)

「サービス残業の解消」というと共産党のポスターに書いているような左派的な主張のように感じるが、新自由主義的なメリットのほうが多いと私は考えている。


メリット1. 労働市場の柔軟化


サービス残業の解消によってまず「同一労働同一賃金」の普及が容易になる。
正社員と派遣社員の大きな違いとして残業代の扱い方がある。派遣社員では残業の扱いが派遣元・派遣先の企業間で明確に取り決められているのに対して、正社員の扱いが曖昧である。
私のこれまでの経験で言うと、企業側にとって正社員は残業をさせやすく、多くの場合サービス残業として扱われることが多い。追加の賃金コストがかからないので、ますます残業が増える。派遣社員にも残業をさせることが出来るが、確実に追加の賃金コストがかかるので、派遣社員には派遣をさせないケースが多かった。正社員と派遣社員では基本給に大きな差が出る。具体的には正社員のほうが基本給が高い。
サービス残業が解消されれば、正社員にも残業代が多く発生するので、正社員の基本給を低めに抑えなくてはならない。反面、残業代はきちんと支払われるので、正社員の所得は減らないだろう。
これによって、正社員と派遣社員で時間当たりの労働単価が平均化され、「同一労働同一賃金」が普及しやすくなる。
「同一労働同一賃金」が普及すると正社員であるメリットは薄れ、派遣社員やフリーランスの流動的な労働力がむしろ増えるだろう。
結果的に米英並みの流動的な労働市場が形成される。
これは企業にとってもメリットが多いし、労働者にとっても多様な働き方の選択肢が増える。サービス残業の解消によって安部政権が掲げる「一億総活躍」につながるはずだ。


メリット2. GDP拡大


アベノミクスの「1本目と2本目の矢」である金融・財政政策は的確で、景気も改善しており、企業業績は向上、仕事は確実に増えている。にも関わらず所得は良くならない。仕事は増えても、所得は良くならないのは、サービス残業によって本来支払われる賃金が消えてしまうからだ。
サービス残業が解消されれば、仕事が増えれば所得は確実に増え、個人消費が拡大し、GDPが拡大する。「1本目と2本目の矢」を放てば確実に「3本目の矢」も自動的に的に当たるのだ。


メリット3. 先端技術の発達


サービス残業の解消は、少子高齢化の日本において確実に人手不足を起こす。人手不足だからと言って、移民で不足分をカバーすることも出来ない。ヨーロッパの失敗から、移民は日本のように民族的な多様性に乏しい国家にとってデメリットが大きいことは明らかだ。
では何で労働力の不足分を補うか、生産性の向上しかない。最近ではAI、ロボットの技術も向上しているので、これを活用すれば人手を補えるだろう。
また、私は20IT業界で仕事をしているが、意外とこの業界は作業の自動化が十分でなく、手作業の部分も多く生産性が悪い。IT業界においても、積極的に更に新しい技術を導入すれば、まだまだ生産性を向上する伸びしろはあると考えている。他の業界も同様ではないだろうか。
生産性の向上を貪欲に追求すれば、自ずと先端技術が発達し、日本の技術力・競争力向上にもつながるはずだ。



サービス残業の解消のための具体的な制度改革


現状のように「行政指導」では全くサービス残業の解消にならない。経営者は行政指導のデメリットより人件費削減のメリットを確実に選択する。
しかし、以下の3点の制度改革を施せば、サービス残業の解消効果があると考えている。

1.       裁量労働の適応範囲を見直す
2.       司法の活用
3.       会計上のペナルティ


改革1.  裁量労働の適応範囲を見直す


Wikipediaで調べると「裁量労働」の適応業務を調べると多さに驚いた。


「研究開発、創作、デザイン、知的財産の管理、財務、金融」といった日本の成長分野に担うはずの業務が多い。働く側もやりがいを感じる業務で「お金より仕事がしたい」という欲求もあるだろう。企業がそれにつけ込んでサービス残業を強いるのは、典型的な「やりがい搾取」のパターンである。「やりがい搾取」による弊害は日本のアニメーション業界を見れば明らかだ。成長産業であるはずなのに貧困産業になってしまっている。せっかくやりがいを感じる職に就けても、十分な報酬を得られなければ継続出来ないのが現実。従業員が職を継続出来ない業界は衰退する。
現状、国は「やりがい搾取」を推奨し成長分野の発展を阻害している。すぐにでも裁量労働の適応業務の見直しが必要だ。
ベンチャー企業なら、重要な研究者に時間に関わらず仕事をしてもらいたい時だってあるだのだが、それならば重要な研究者を役員にするなりにして、経営に参画させるべきである。
また、一時世論の批判の的になったこともある、一定の賃金を満たした上でのエグゼンプション制度の拡充も、裁量労働の適応業務の見直しと同時なら容易になるだろう。人件費に充てる資金の豊富な財務・金融分野ならエグゼンプション制度が適している。
裁量労働の適応範囲を見直すことで、意外にも「メリット1. 労働市場の柔軟化」にもつながる。


改革2. 司法の活用


「グレーゾーン金利」というのがあって、消費者金融・クレジットカードで過去に払い過ぎた金利を返還請求することが容易にできる。「サービス残業代の請求」も現状でも出来、こちらも民事事件となれば勝算が高いはずにもかかわらず、こちらはかなり難しいのが現実。
「サービス残業代の請求」は現行の制度上出来ても、個人名を会社に知れることになる。会社に知れるとリストラの対象にもなりかねない。個人名が直接会社に知れることなく、サービス残業代の請求を請求出来るように出来ないだろうか。
例えば「マイナンバー」を上手く活用できないだろうか?
税金の申告時(確定申告、年末調整)に労働時間も申告する義務も加えればいいのではないだろうか。マイナンバーがあるので、所得以外のデータ管理も税務署が行いやすくなっているはずだし、これまでも企業に税務調査が入ると、税務署・国税局は従業員のタイムカードもチェックすることがある。税金の申告時に従業員の労働時間(タイムカードの内容)も税務署に申告し、所得と労働時間を税務署が管理できれば、以下のような手続きが容易になると思う。


従業員が弁護士を通じて未払いの残業代を請求(民事事件化)
 
裁判所が税務署に賃金と労働時間を開示請求(マイナンバーで管理されていれば間違えがない)
 
未払いの残業代を認める司法判断
 
裁判所・弁護士が個人名を伏せて会社に未払いの残業代を請求
 
弁護士を通じて企業から従業員に未払いの残業代を支払う


請求額からおおよそ個人を特定できれなくもないが、直接個人名が会社に知れるよりはだいぶマシだ。
現在、日本の中小零細企業には労働組合も無いので、個人で会社に直接「サービス残業代の請求」をするのは不可能に近い。だが「グレーゾーン金利」のように司法の仲裁が容易であれば「サービス残業代の請求」も可能なはず。
そのための「マイナンバー」を活用した制度整備とかも必要かと思う。
司法を活用し易くすることで、行政指導よりはるかに大きいサービス残業抑制につながるのでないだろうか。
また「グレーゾーン金利」問題もそろそろ時効を迎える。近年の弁護士の増加で、弁護士業界も次に儲かるトレンドを求めているはずだ。「サービス残業代の請求」は事件化すればかなり勝算が高いと思う。「グレーゾーン金利」から「サービス残業代の請求」にシフトもする法律事務所も増えるに違いない。弁護士業界の活性化にもつながる。


改革3. 会計上のペナルティ


「サービス残業代の請求」が容易になれば、企業側も「サービス残業代」を負債として会計に計上しなければならないはずだ。
話が逸れるのだが、台湾の鴻海精密工業によるシャープ買収の際に「偶発債務」というのが問題になった。「偶発債務」とは、債務保証の肩代わりや、係争事件に係る賠償義務などらしい。「係争事件に係る賠償義務」というのが未払いの「サービス残業代」にあたるのではないだろうか。
上記のように司法の介入による「サービス残業代の請求」が容易になれば、企業も「サービス残業代」を会計上、債務に計上せざるを得ず、サービス残業によって企業の財務が悪化する。もしくは経営者にとって財務のコントロールが難しくなる。
現状の行政指導はサービス残業には効き目はないが、サービス残業が財務状況を悪化させるとなれば、経営者はサービス残業を看過できなくなるだろう。